日々の散文、たまに論文

日々のつぶやきや過去のblogを再編集してお届けします。

決してあなたの事が嫌いなわけじゃない

タイミングとか、予定とか、気持ちの問題とか、金銭的な理由とか。

色々あるんです。

いくら心を込めて作ったイベントだろうが、カッコいい新曲出来た!とか絶対見て欲しいLiveになってます!!ってなっても、その時々で行けるかどうかなんて分からないもの。

 

と、最近よく思います。

だからって集客する為の努力を怠ったら何のリーチもしないわけで。

たった1つのメールやコメントで「ぐいっ!」と心が引き寄せられる場合もあるんです。

先日僕がそうだったように(笑)

「努力の量」と「成果」が必ず結びつくわけじゃない。

いくら努力したからと言って必ず結果に結びつくわけじゃない。

そこは常々意識しておくべき問題だと思うし、そう考えることで心の免疫力も高まる気がする。

 

一生懸命やればやるほど見えなくなるものって、なんかある気がするし、そんな時に一歩は無理でも、半歩分でも自分で自分を引いてみてみる。

「俯瞰」とか「離見の見」とか呼ばれるもの。

ステージに立つ際にも同じことを考えるとなかなか良いのではないかと。

もちろん自分の商品を売る場合でも。

 

主観だけに囚われるのではなく、たまには客観で見てみる。

自分を客観視することはなかなか難しいんですが、だからこそ信頼している人に意見を求めてみたり、周りの人の噂なんかにも少しだけ耳を傾けてみるのも一興。

アナログな日記なんかもいいと思う。

たまに見返したりすると自分を引いてみることが出来たりします。

 

そう、何が言いたいかというと、Liveとかいけない時があるけど、「それは"あなたのイベント"や"あなたの事"を否定しているわけではなくて、ただ単純にタイミングその他の問題なだけです」ということです。

お客さんが上手い具合に集まらない日もあるだろうし、自分の体調なんかが悪い日ももちろんあると思う。

それは天気が晴れだったり、雨だったり、最近では雪だったりするようなものでもある。・・・と思う。

 

天気だけでお客さんとしては動きたくない日もあるでしょうしね。

だからやる側(サービスを提供する側)に心の余裕が必要だと思うのです。

と、最近つぶやいたことが最後に上手くハマった感じ(自画自賛)

 

2017.1.27

嬉しい事

定期の仕事について数日たちますが、じんわり職場の雰囲気に慣れてきた感じです。

そして、本日間接的に評価を聞いたのですが、「よくやっている」とのこと。

非常に嬉しいです!

まだ慣れない事ばかりで「以前の様なキレ」は自分の中で出せていないのですが、それでも評価して頂いているということ。

 

正直飛び込む前に不安はありましたが、この道を選んでみて良かったです。

そして、そのきっかけを下さった方と、自分の働き方に間違いはなかったのだなと。

お互いメリットがあったわけなので、これほど嬉しいことはないと自分では感じます。

正直給料は低いですが、それはそれ。

他でその分を補完すればいいだけの話であって、満足度は高いです。

 

体力的にまだまだ慣れない部分はありますが、夏に向けてしっかりと頑張る。

一番寒い今頑張って、一番頑張れる夏にドえらいブーストをかまします!!

その為にも今から少しずつでも頑張らねば。

やったるぞーーー!!

さて、それではゆっくりとお風呂に浸かってまいります。

 

如何にして「疲れを次の日に持ち越さないか」も結構大事なことですよね。

今の仕事とは別件で「一緒にやろうね!」って言って下さってるところもあるので、そっちも進めないと!

お待たせている間に色んな事が変化していくからやらねばな!

それでは!

 

2017.1.26

初心忘るるべからず

・・・タイトルを書こうとして「忘れるべからず」なのか、「忘るるべからず」なのか分からなくなって調べたら「わするるべからず」でした。(一応正解してたw)

 

そこで知ったのですが、この言葉かの宮本武蔵の言葉だったというのを初めて知りました!(結構衝撃)

でも、もう一回調べてみたら世阿弥の言葉みたいな記事も・・・

どっちだ、どっちなのだ一体!!

 

まぁ、良い言葉であればどっちでもよいですね。

今であれば「パクった」だの「パクられた」だのSNSでの応酬が繰り広げられそうですが、この二人が同時代の人物なのかも怪しいところですし・・・

本題に戻りましょう。

 

最近定職に就いたのですが、安定収入の心理的安定感!

何たる安定感!!

しかし、その思いとは別に「その安定感に浸っていいのかい?」という自分もいます。

いや、正確には「安定という誘惑に負けている自分に気づいた」というか。

悪いことではないし、自分には合っている部分がある(肌感覚で)という実感もあるのです。

 

しかし、だからこそ感じる危機感。

もともと自営をスタートさせたのも自分の今後を考えた際のリスクヘッジ的な部分が多く、ありました。

ただ、スタートしたタイミングはその時の周りの環境に後押しされた部分もあります。

※実際あの環境に陥らなければ気持ちの部分でスタートできなかったと思います。

 

やるならちゃんとしたリスク管理も必要だし、ピンチに陥った時の心持ちなんかも大事。

開始から今年で3年目なのですが、その間に色々ありました。

仕事もらえそうで、連絡一つでその話が消えたり、スケジュール空けてたのにそのおかげで真っ白な空白期間(これはほんとダメージ大きかった)。

わりと最近では定期と思っていた仕事が相手の都合で不定期でまたガッツリ空白が生まれたり・・・

何事も経験と言えばそうですが、今回学んだのはちゃんと仕事の話は自分で最初から最後まで詰める。

契約書を交わすとかいうレベルではないにしても、「ちゃんとお互いの条件を話し合う」ぐらいは必要。

 

紹介された仕事をそのまま鵜呑みにして、後で違いましたってのは結構あるある。

雇用のミスマッチなんかも結局はそういう部分での交渉が足りないのだと思います。

だから面接って大事なんでしょうけど、実際そういう部分の話ってあんまりないような気がする・・・。

本当は一番大事なのに、「自分は言う通りにしますから、御社に入らせて下さい!」みたいなアピールの場になっている気がするんですよね。

 

話がだいぶそれました。

最近着いた定期の仕事は今までやっていた経験が活かせる仕事なので気持ち的には楽なのですが、環境や同僚が変われば今までと全く同じというわけにはいかず、なかなか難しい面も。

そこで、初心を。

経験がありながらもそれはそれとして横に置きつつ、「その場の流儀に従う」みたいな柔軟性が必要だし、試されている部分でもあるのかな?と思っています。

 

2017.1.25

体と器(うつわ)

つい先日の事。

ちょとウトウトしていたか、寝起きのぼんやりとした感覚の中で感じたことがあります。

自分の中で「体がひとまわり大きくなったような感覚」。

魂と体の間に隙間ができた感覚。

※ちなみに自分は幽体離脱とか金縛りとかそういう体験はしたことありません。

 

感覚にしておよそ3cmくらい。

例えるなら甲冑とか鎧を着た感覚って言えば分かりやすいのでしょうか?

知識としてある「離人症」ってやつかな?と思いましたが、実際はどうなんでしょう・・・

一瞬だけ「体をうまく動かせない感覚」に陥りました。

こんな体験初めてでちょっと驚きましたが、一体何だったんでしょうね?

 

最近見ていたテレビ番組とかで「人間を操っているのは頭の中に小人がいる」みたいな説があると昔言われていたとか、魂とは何なのかとかみたいなことに影響された感覚でしょうか。

良く捉えれば「自分の器が広がった」と思えますが、逆に考えると「自分の魂が縮んでしまった」みたいな感じもします。

とにかく不思議な感覚でした。

 

「人の器」とか大きい、小さいと世間では言われますが、それは大抵「相手の気持ちを受け入れられるどうかとか、人(または自分)の失敗を許せるかどうかみたいな感じ」ですよね。

そういう部分で自分の器が広がったのであれば歓迎すべき事ですが、逆に魂が縮んでいたら嫌だな(笑)

 

2017.1.24

生き抜く為に

ちょっとくらい嫌なことがあっても、捉え方次第でなんとでもなるなと思った昨日。

なまじ経験がある分、反論してしまいたい気持ちはあるものの、忘れていることも沢山あったし、「もう一回ちゃんとした知識を得たいから」飛び込んだってのもあるし。

が、今までの経験でトラウマ的になってることがあるんだなと思いました。

人づてに聞いていた「噂的なもの」が本当にそうなんだなと思ったり、似てる人は世の中にほんとにいるんだなと。

そう考えると、性格診断みたいなものってあながち嘘ではないし、間違っていないのかもしれない。

 

まだまだ始まったばかりなので何とでもなりますが、1回今までの経験を忘れてリスタート。

全ての事を吸収するつもりでやってみようと思います。

まだまだ会ってない人もいるし、「ひととなり」は少し教えて頂いたもののそれで先入観固めて勘違いするよりも自分の目で確かめてみようと。

そういう目は割と持っていると自負している部分はあるので、そこは自分を信じてみようかと。

 

まぁ、人がどうであれ、自分の求められていることをやるだけだし、お金貰うんだからそこはちゃんとしなければと。

しかし、のっけから結構刺激的だったな(笑)

仕事は8割人間関係だと思う。

いや、8割は言い過ぎかな・・・?

 

音楽も一緒だなぁと思ったり。

結局は人間関係ですねー。

ほんと、今年は色々とバランスを取りたいなと思います。

音楽、仕事、勉強。

あ、後は「遊び」。

 

全て「生き抜く為に」必要な事だと思う。

さ、そろそろ出る準備をしよう。

 

2017.1.23

夢から覚める時が来た

アメリカではトランプ大横領の就任に関して様々起こっているようですが・・・

自分の意見としては現実に目を向けているのだと感じています。

(※全ての事象を見ているわけではないのであくまでも個人的な感想です)

 

これだけ反発が起きているのも「現実を突きつけられているから」に他ならないのではないかと。

オバマ政権では「夢」を見せられていたのではないかと。

国民皆保険制度の導入にしても、賛否両論はあったようですし、もちろん所得層によって思うことは様々だと思うわけです。

アメリカは教会などがあって「セーフティーネットが機能している」と聞いたことがあるのですが、それは経済的なセーフティーネットであって、「病気やその時の保証」みたいなものについてのセーフティーネットはなかったのではないでしょうか?

それを改善する為の(オバマケア)導入だったと思うのですが、それでも賛否両論あるわけです。

 

「覚めたくもない夢から無理やり目覚めさせられる」

 

僕の好きな漫画に似たような表現があったのですが、トランプ大統領の行っていることはそれに似たものを感じています。

大統領と言っても、基本的にはビジネスマンですからね。

経済観念はしっかりしているはずだし、合理的な判断をされていると思います。

 

が、政治は合理性だけではないので難しいところですね・・・。

 

2017.1.22

君は君になればいい

そして、君は君でいればいい。

こんばんは。

 

なんかそんなことを思っていた1日でした。

無理して誰かになろうとする必要はないし、良い時もあれば悪い時もある。

それも全部自分。

目指すべきものがあればそれに向かって頑張ればいいし、目指すべきものがなくたって日々を生き抜いていければそれでいい。

 

気休めな言葉かもしれませんが、そんな感じでいいと思うんです。

無理してキリキリになって壊れるよりも。

テレビ番組を見ていた時にそんなことを感じていたのですが、夜に行ったLiveでも。

自分も昨年は結構無理をしていたなと。

 

「辞めることの勇気」って言うとなんか変な感じですが、通常はそれまでにかけた時間や費用を考えるとなかなか踏ん切りがつかず、ズルズルと継続なんかしてしまったり。

経済用語でいうところのサンクコストってやつですね。

現実を見てみると今からはそれを捨てる勇気を持たなければならない時代がやってきそうです。

 

定年退職が65歳として、寿命を考えると残り15年とか20年とかまだまだ生きれる時代になってきました。

そうなってくると今まで自分がやっていた職のみでの職探しをしようとしても、なかなか見つからない時代が来るのではと考えています。

そこで今までの経験や技術を捨てて新しいことに飛び込む勇気だとかも必要になってきそうな気がしています。

 

なんかまた方向がズレてきた感じがしますので、本日はこのあたりで・・・。

これも再編集なりしてちゃんとした考えをまとめたいな。

 

2017.1.21